デーモンズ・コアの臨界事故で被ばくしながらも研究を止めなかった物理学者、ルイス・スローティン博士 (2/5ページ)
最初の核兵器の開発に貢献したのは1年ほど前のことだ。残されている写真には、作りかけの核兵器の横でシャツのボタンをはだけたサングラス姿でポーズをとる彼が写っている。その当時の原爆は手作りだったのだ。
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スローティン博士、うっかりマイナスドライバーを落とす
スローティン博士の手順はシンプルだ。タンパーというベリリウムの半球をコアのギリギリまで近づける。するとタンパーが中性子を反射しプルトニウムに放たれ、核分裂連鎖反応が起こる。あとはこれを測定してデータを取集するだけだ。スローティン博士は左手にタンパーを右手にマイナスドライバーを持った。マイナスドライバーはタンパーとコアの隙間を確保するためのものだ。
彼が慎重に行わなければならない作業に取り掛かっていたとき、同僚のリーマー・シュレーベル博士はしばらく時間がかかるだろうと思い、別の仕事に集中するべく踵を返して背を向けた。すると突然背後で音が響いた。
スローティン博士がうっかりマイナスドライバーを落としてしまい、タンパーがコアに完全に接触してしまったのだ。シュレーベル博士が振り返ると青い閃光を目にし、顔に熱を感じたという。1週間後、彼はこの事故について次のように記している。
青い閃光がはっきりと見えた。窓からは光が差し込み、おそらくは天井の電灯も相まって、部屋の照明は十分だったのにだ…閃光の時間はせいぜいコンマ数秒以下だろう。スローティンはさっとタンパーを外した。午後3時ごろのことだ部屋には警備員が駐在しており、スローティン博士の実験内容などつゆほども知らないまま貴重なプルトニウムを見張っていた。だが、コアが光り、そこにいた人が叫び始めると、すぐさまドアから飛び出し、丘の上目掛けて逃げたという。
その後の計算では、核分裂反応はおよそ3,000兆回起きたことが判明している。初の原爆と比べれば百万分の1の核分裂反応ではあるが、それでも相当な量の放射線を放つには十分なものだ。