デーモンズ・コアの臨界事故で被ばくしながらも研究を止めなかった物理学者、ルイス・スローティン博士 (5/5ページ)

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 スローティン博士とダリアン博士が命を落とすことになったプルトニウムの塊にはもともと「ルーファス」という愛称が付けられていた。だが事故以来デーモン・コア(悪魔のコア)と呼ばれるようになる。皮肉なことに、広島と長崎で数万人の人々の命を奪った爆弾にそうした非難を込めた蔑称はない。その違いは、ひょっとしたら意図的な殺戮と不慮の事故の差にあるのかもしれない。片や大量虐殺を目的として組み立てられたものであり、片や単なる実験器具でしかなかったのである。

 事故発生前、ロスアラモス研究所はデーモン・コアをマーショル諸島のビキニ環礁に輸送し、戦後初の核実験とあるクロスロード作戦の一環として大勢の眼の前で起爆される予定だった。だが事故後も依然として放射線を発し続けるデーモン・コアは時間をかけて冷却する必要があった。こうして使用されるはずだった第三回目の実験の予定は中止された。ロスアラモス研究所の記録によれば、デーモン・コアはあっけない終わりを迎えている。1946年の夏に溶けてしまったのだ。


via:newyorker/ translated & edited by hiroching




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