Jタウン編集部「舛添ネタやるぞ~!昔のサイン本注文だ!」→届く前に辞職しちゃった... (3/3ページ)
専門知識がなくても理解できたのは、「生ケイバ」のやりとりで、
「ぼくは商売柄からか、ナショナリズムがあまりなくて(笑い)、外国の馬が来ると一所懸命外国馬の馬券を買うんです」と、国際政治学者(当時)ならではのジョークを飛ばしたり、
「馬を持つようになって、品行方正になりました。本当にお金がかかるんですよ」と、金銭面での苦労を語った程度。どうやら、興味本位で購入する本ではなかったようだ。
「厚顔無恥な男でないと...」そんな記者でも楽しめたのが「あとがき」だ。ここでは連載開始にあたって、ギャロップ初代編集長のS氏(原文では本名)から、「朝まで生テレビ」のような過激さで競馬界を切ってくれと頼まれた、と振り返っている。
「私のような厚顔無恥な男でないと、伏魔殿のような競馬界に切り込んで行くことはできないと言うのだ。何と言っても旧友の命令、断るわけにはいかない。しかし実際に毎週毎週筆を執って、日本の競馬界にメスを入れてみると、これは実に大変な仕事であることがわかった」
「私のような厚顔無恥な男」と書いてある(一部、編集部モザイク)
それから約20年後、この「旧友」は、舛添氏との交遊関係で話題となる。舛添氏がホテルで会合した「元新聞記者の出版社社長」なのでは、とウワサされたのだ。しかしS氏は2015年11月に死去。都知事辞任で舛添氏への追及が終息した今となっては、すべては闇の中になってしまった。

サイン本にもかかわらず、注文カードが刺さっていた