デザインに批判が殺到! 悲運のお札「A10円札」って知ってる? (2/2ページ)
金額はおろか、肖像も気に入らない!とイチャモンのような変更要求を突きつけられ、A1,000円札はデザインの大枠だけを残し、A10円札に作り直されることとなりました。
■A10円札は「米国」仕様?
紆余曲折の末、A10円札が世に出たのは1946年3月。「券行銀本日」と印刷された戦後初の紙幣が誕生したのですが、A10円札はすこぶる評判が悪いお札でした。GHQの陰謀だ!と言われるほど、デザインが気に入られなかったのです。
最大の理由は、デザインが「米国」にみえるからで、画像を「遠目」にみると、たしかにそうも解釈できます。これを発端に、
・国会議事堂の肖像が、十字架に閉じ込められている
・右の「国」は、鎖につながれた「菊」を表している
など言いたい放題……。裏面に描かれた48の花がアメリカの州の数(当時は48州だった)を意味している説も飛び出し、やがてはGHQの陰謀だ!とあらぬウワサまでたちました。
このウワサは本当なのか?を整理すると、
・「米」と「国」に見えるデザインは、A1,000円札のときから変わらない
・「米」の十字のなかには、もともとは伐折羅(ばさら)大将像が描かれていた
・鎖に見える「国」のワクに菊がつながっているのも、A1,000円札と同じ
なので、民間企業がデザインしたとはいえ「いいね!」と採用したのは当時の金融局であり、不評な部分はすべてA1,000円札譲りです。GHQがNGとしたのは「金額」と「肖像」なので、陰謀どころか「濡れぎぬ」にすぎないものでした。
そんな不人気もあってか、A10円札は1955年に発行が終了され、わずか9年でその役目を終えました。肖像に人物が描かれていないことも含め、きわめて特異的なお札なので、もしタンスから出てきたらだいじに保管しておくといいでしょう。