AI(人工知能)をめぐり82歳が考える(3) プログラミング義務教育化に望むこと (4/8ページ)

Jタウンネット


筆者が言うまでも無く、この状態は完全にAIが人間の能力を凌駕し得る状態であることがお分かり頂けるであろう。
そうなると果たして、人間に存在価値が残されて行くのだろうか?
今の内から、その辺りも良く理解し、考え、方針を決めておくことが肝要であろう。
さて、この画期的なディープラーニングの方法が確立されたことによって、「シンギュラリティ(特異点)」の話題にも話が進展することになり、ここで前述のレイ・カーツワイルの本に戻ると、2045年、人工知能を搭載したスーパーコンピューターが地球を支配する日が訪れ、コンピューターは人間の知性(生物学、生態学)を超え、世界は「シンギュラリティー」に到達する。その結果、病気や老化といった生物学的限界さえ取り払われ、もはや死さえもが「治療可能な」ものになる、という。

2045年と言えば、今年は2016年だから、29年後のことになる。残念ながら筆者がギネスブックに載る程の世界一の長寿者にでも成らない限り、この目で真偽の程を確かめることは出来ない。しかし、気の遠くなるような先の話というわけでも無い。筆者の50歳前後の子どもたちが筆者程長生きすれば、当然遭遇するだろうし、孫たちに至っては、今の両親の年頃となっている筈であるから、良きにつけ悪しきにつけ彼らはその影響をまともに受け、その事態をどう受け止め、そしてそれを活用していけるのか?あるいは最悪の事態を想像すれば、人類、いや人工知能の、現時点では理解しがたい程の急速な進展の結果もたらされるであろう、その恐怖に打ち拉がれているかも知れない。

俄に想像はつき難いが、着々と恐ろしい(人によっては歓迎すべき)事態がどんどん進行していることは略間違い無さそうだ。

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