AI(人工知能)をめぐり82歳が考える(3) プログラミング義務教育化に望むこと (7/8ページ)
単純な話であるが、特に高齢者向けパソコン教室などで感ずるのだが、『パソコンは単なる計算機で、人間がプログラムを介して命令しない限り、ただの箱に過ぎませんよ』ということすら分かっていない人が結構多い。分かっていない、というより、そんなことを考えてみることすら、しないのだ。
パソコン教室では、ひたすら、どのショートカットをクリックすると、どこのサイトへ飛んで、そこでパスワードを入力し、「次へ」をクリックすると、どうなって、こうなる...、というようなことを一々ノートに記入し、記録したりする人が居る。
「何もメモなどしないで、パソコンにどのような作業をさせたいのか?それだけを考え、そのためには、どう命令すれば良いか?」だけを考えてみて下さい、と申し渡すのだが、こちらの意図さえなかなか分かって頂けないようだ。
小学生には、こうした考え方の基本を教育して貰いたいものだ。無論、具体的なプログラミングを実際に体験して貰うことが目的だから、その訓練には最近、特に色々な機関から出されている遊具の類を利用して、プログラミングの結果が目に見え、しかも子どもたちが楽しめるような形で体験して貰うのがベストだ、と思う。
それと、確かに、いわゆるネットリテラシー*(注)を教えて置くことは肝要であろう。学校を卒業した全員がプログラマーになるわけでは無いのだから、「プログラミング」がどんなものか、正しく理解、把握させた上、プログラミング次第でパソコンがどのような働きをするか、そしてそれをどのように活用して、人類に役立たせたらよいのか?また、一方で人の能力やAIの発達、発展には、どのようなメリットあるいはデメリットがあるのか?を考え、そしてそれを如何にして上手く処理したらよいか?というようなことを自主的に判断し、思考する習慣を是非つけさせて置いて貰いたいものだ。
* 注:リテラシー(英: literacy)とは、原義では「読解記述力」を指し、転じて現代では「(何らかのカタチで表現されたものを)適切に理解・解釈・分析し、改めて記述・表現する」という意味に使われるようになり、日本語の「識字率」と同じ意味で用いられている。