AI(人工知能)をめぐり82歳が考える(3) プログラミング義務教育化に望むこと (5/8ページ)
この著者レイ・カーツワイル氏(63)が、どんな人物か?について、ニューヨーク在住のフリージャーナリスト肥田美佐子氏の紹介によれば、SF映画さながらの「未来」の到来を固く信じ、研究や講演、執筆活動、映画制作に飛び回る米国人男性で、ニューヨーク出身の米主要発明家にして未来学者、起業家、ベストセラー作家であり、ビル・ゲイツ氏に「AIを語らせたら右に出る者がいない未来学者」と言わせるほどの、米国では、天才的人物との評価が高い人だ、そうだ。
もう少し付け加えると、彼の言う「シンギュラリティー(特異点)」を超えると、AIの能力は人間が考え、信じて来た「生物学」的な知識が最早通用しなくなる段階に入る。つまり、現在もこれまでも人間、いや生命あるものが信じてきたルール「生あるものはいつか死す」という概念すら成り立たなくなる、というものだ。
読者の皆さんはどう、考えるだろう?「SF的話題としては面白いが、そんなことあるわけ無いだろう!」と、多分大方の方々は仰有るだろう。筆者も俄には信じ難いが、決して可能性が無い、とは言えぬ、と考える。レイ・カーツワイル氏ご本人は2045年を是非迎えるべく、至極大真面目で、日々健康に留意、努力されているらしい。
そのような時代が来るかも知れないことについて、「エリートの道楽」「テクノロジー依存症」「シンギュラリティーは、(最新のテクノロジーを享受できるという)持てる者と持たざる者の格差を拡大させる」等々の批判も少なく無いらしい。
筆者としては、そうした恐ろしくも、また画期的な技術の成否も気になるところだが、それよりもそれに関連して起こりうる、これら批判の対象となっている問題点の派生こそ人類にとって早急に解決すべき大きな問題では無かろうか?と考える。それこそ、浅はかな人智を超える(神のような)AIの出現を期待したいものだ。
さて、この話はこれくらいにして、次はもう少し近い、というより、もう直ぐ実施云々が論じられている「プログラミング学習の義務教育化」に目を転じてみよう。