武将スーツ第4弾・薩摩隼人の勝負服!島津義弘スーツで鹿児島を盛り上げる!ビジネスマンの甲冑はスーツだ。薩摩ボタン・大島紬など鹿児島の素材を使用! (10/12ページ)
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■狐火と島津雨(右)
狐(お稲荷さん)の周囲にカラフルな狐火が焚かれ、上部から「時雨軍旗」に描かれた雨が降るデザインです。
島津家の稲荷信仰は島津忠久誕生伝説が源流で、丹後局は住吉大社で雨の降る夜に狐火に照らされて忠久を出産したと言われています。 また、16世紀の合戦にも狐の話が出てくる。天文23(1554)年の岩剣城の戦いの際には狐火が灯ったと言われ、 文禄・慶長の役では紅白3匹の狐が明軍に突撃したと伝えられている。このようなことから島津氏と狐は関係が深く、稲荷信仰が領国に根付いていた。
また、雨の降る日に初代島津忠久が誕生したことにちなんで、島津家では雨をめでたいことが起こる吉兆とし「島津雨」と呼んでいた。 戦国時代、義弘の父・島津貴久が使用したとされる「時雨軍旗」はその故事をもとに作成されたものとされています。
■猫神様-義弘公に時を知らせた猫(左)
豊臣秀吉の文禄・慶長の役(1592~1598年)の際、島津義弘は朝鮮に7匹の猫を連れていき、猫の目の瞳孔の開き具合で時刻を読み取ったとされ、7匹のうち、生還した2匹の猫を祀った神社が尚古集成館がある仙巌園に、日本で唯一猫を祀っているという「猫神神社」です。そのうち、一匹は三毛猫であったことが濃厚であるという研究からも、今回は一匹を三毛猫で描いていただきました。
室田さん曰く「猫の時計を懐中時計に見立て内ポケット用に猫を描きました」とのことで、猫時計を胸に忍ばせるコンセプトにとても感銘を受けましたので、内ポケットは猫神様に限らせて頂きます。
ボタンとラペルピンの裏の仕様はこちらのようになっています。