武将スーツ第4弾・薩摩隼人の勝負服!島津義弘スーツで鹿児島を盛り上げる!ビジネスマンの甲冑はスーツだ。薩摩ボタン・大島紬など鹿児島の素材を使用! (3/12ページ)

バリュープレス


特に朝鮮出兵の戦いぶりは「鬼石曼子(グイシーマンズ)」として朝鮮・明軍から恐れられ、徳川家康も「前代未聞の大勝利」と奇跡の勝利を賞賛。これらの活躍が「鬼島津」の異名を今に伝えます。

そんな猛々しいイメージの強い島津義弘ですが、愛妻家で家族想い・兄弟想いであることが伺える文献も多く、敵味方関係なく死者を弔うなど情が深かった一面も。豊臣秀吉は島津家を恐れ、兄で16代当主の島津義久を冷遇、義弘を優遇し、兄弟の対立による弱体対化を謀ろうとしたが失敗したとも。義弘の死後、殉死(後追い死)を禁止していたにも関わらず、13名の殉死者が居たことからも人望の厚さが伺えます。

さらに、武術だけでなく茶の湯や医術、学問にも秀でた才能を持つ文化人であり、文武両道を体現したような人物であったことが伺えます。
この人柄を投影するようなスーツに仕上げ、現代のビジネスマンにも、是非このスーツを着用頂き、奮起して頂ければと考えます。競合他社や大手取引先にも屈せずに頑張るビジネスマン、そして家では良き父であり、趣味を嗜む事も忘れない。

がむしゃらに戦うだけではなく、義弘のような器の大きな人物に・・・そんな想いを込めました。
毎回こだわるボタンには、薩摩の高級伝統工芸品である薩摩ボタンを。そして胸に備え付けたチーフには大島紬を採用するなど、今回もご当地素材をあしらっています。

この島津義弘スーツを制作するに辺り、2015年11月、2016年5月の二度鹿児島へ渡り、仙巌園、尚古集成館などを中心に義弘公の足跡をたどりました。


[資料: https://files.value-press.com/czMjYXJ0aWNsZSM0MzEyNiMxNzAzNDAjNDMxMjZfenZZa0FlUkduVS5qcGc.jpg ]

5月の鹿児島は雨。後述する吉兆の「島津雨」ということでしょうか。
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