83歳筆者が考える「近頃の若いものは」論...かつての「太陽族」も今や (5/8ページ)
筆者は、この作品の著者、石原慎太郎とは1歳しか違わない(石原慎太郎は昭和7年(1932年)生まれ)し、映画俳優となった、弟の裕次郎とも1歳しか違わない(昭和9年(1934年)生まれ)、つまりこの兄弟の丁度真ん中に位置したわけであるから、将に、自分も専ら当時のマスコミの社会面を騒がせる、「近頃の若いもの」の一人として老人達から胡散臭い目で見られるべき世代に属していたことになる。
しかし、何時の時代(この「太陽の季節時代」)でも同じように、「近頃の若いものは」と一把一絡げに括っても、そこには「微妙」から「可成り」までの違いもある。
つまり、何から何まで、丸っきりコピーして、自分だけで粋がっている「近頃の若いもの」もいれば、どちらかと言えば、「ふん!」とそれらを斜に構え、嘲笑っている「近頃の若いもの」だって当然いるわけだ。
筆者も「障子を突き破った男根」などは悪趣味な野郎だ!と思ったが、湘南海岸でヨットを乗り回すなどというのは、正直言って「かっこいいな!」と密かに憧れたものだ。
主人公達のように、金に不自由しない連中とは異なり、筆者がクルーザーヨットに初めて乗ることが出来たのは、就職して自分で稼ぐようになった時代のことであり、無論、自分がクルーザーのオーナーになったわけでは無く、会費を支払ってゲストとして、乗船したに過ぎない。自分が持てたのは、小さな手作りセーリングボートでしか無かった。
それでも、その後、海洋冒険家、堀江謙一が太平洋単独無寄港横断を果たし、それを映画化した石原裕次郎主演の「太平洋ひとりぼっち」(映画そのものは余り面白くなかったが...。)などには、それ以来、大きな興味と関心を持つに至ったし、大袈裟な言い方をすれば、その後の筆者の人生を左右したとも言える。
それは、筆者の人生の目的の一つが、「クルーザーで世界一周するか」あるいは「海辺に居を構え、仕事する」ということになって、前者は実現しなかったが、後者は曲がりなりにも実現することが出来た次第、ということになる。