83歳筆者が考える「近頃の若いものは」論...かつての「太陽族」も今や (6/8ページ)

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私が話を進めたいのは、そんな風に、人生を辿ることになる「近頃の若いもの」たちは、言ってみれば、昔から当たり前の存在で、たとえ、年配者が顔を些か顰めながら「近頃の若いものは...」と口に出そうが、出すまいが、そう言われ、そんな顔をされている当人達は、実際には、そんな批判を殆ど気にする必要は無い、ということだ。

それこそ、一過性の熱病のようなもので、一旦罹って免疫となれば、他の人々にも、自分たちにも別に害を及ぼすわけでは無い。

それより、余程深刻で、無視するわけに行かないのは、嘗ては「近頃の若いものは」と言われた、或る意味では「時代の先端を駆け抜けたような」人物が、ゾンビのように墓場から甦り、「老醜」により社会を汚染して行くことだ。

この「老醜」がなまじの権力などと結び付くと、社会に対し、大いに害を及ぼしたりする。こういった「近頃の老いたもの」の方がよっぽど目に余る深刻な問題をもたらすことになる。

素晴らしく勘の良い読者で無くとも、筆者が何を取り上げようとしているか?は、大凡想像がつくであろう。

そう、今や東京都の過去の数々の不透明な問題が露出して来て、マスコミやミニコミを騒がせている、嘗ての「近頃の若いもの」の代表の一人であった、一応、文筆家でもあり、政治家でもあるらしい(?)、上掲の石原慎太郎のことである。

文筆家として、金にまみれた、過去の保守党政治家のボスを取り上げて、リバイバルさせよう、とするくらいなら、一般庶民に、格別の迷惑を、直接掛けるわけでは無いから、まだ可愛げがあり、そんな事柄は、単に無視すれば足りる。

しかし、都民の血税や高額の寄付金を不透明に費消したまま、明らかにしなかったり、一般社会や我が国に対してまで不利益をもたらすような行動は絶対に許される性質のものでは無いから、早急に納得の行く説明をすべきだし、当然、公人としてその責任を取らねばならない。

それらの問題の例を挙げれば、

1.うまく採算も取れないような新銀行の設立を、公の費用を利用して行った。
2.四男の画家を公私混同して、東京都のプロジェクトに関わらせた、と言われている。
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