小池百合子 逆境ハネ返し「突破の女王」!!(10)財界の重鎮をモデルに勧誘 (1/2ページ)

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小池百合子 逆境ハネ返し「突破の女王」!!(10)財界の重鎮をモデルに勧誘

 とびきりの度胸とイメージ戦略を武器に、小池百合子は日本の“常識”に次々とメスを入れていく。フォーマルの場での軽装を推進した「クールビズ」、あえて造反組の選挙区を選んでの衆院選立候補など、タブーを怖れず邁進する彼女の新たな戦場は、都庁の頂点であった!

 小池百合子は、00年(平成12年)の自由党分裂に際して、小沢一郎と袂を分かち、保守党に参加した。その後、自民党に入党し、03年(平成15年)9月には、小泉内閣で環境大臣に起用され、初入閣を果たした。

 04年(平成16年)9月、環境大臣に再任された小池は、新たに「沖縄及び北方対策」の特命担当大臣も兼任することになった。

 その直後、沖縄に視察に出向いた小池は、会場のカラフルさに息を呑んだ。赤、青、黄の原色に落ち着いた芭蕉布や藍染の「かりゆし」が入り乱れている。

 小池は思った。

〈この沖縄の姿こそ、夏の軽装の理想の姿だ〉

 小池は、かりゆしの普及に至るまでの苦労や工夫を参考に、夏の軽装化の全国展開を目指すことにした。

 小池は、環境省の炭谷茂事務次官にも相談した。

「私、ビジネスマンが背広から逃れられないという呪縛から解放してあげようと思っているんだけど、どうかしら? でも単にノーネクタイって言っても効果なんて期待できないから、大義を設定しましょう。“地球温暖化対策・防止”という、非常に大きな普遍的なテーマを掲げたらどうかしら?」

 炭谷は賛成したが、一方で思った。

〈みんなが、サッとノーネクタイを受け入れられるかな‥‥〉

 日本人の性格からすれば、一瞬は受け入れられるかもしれない。だが、それが定着するところまでは想像できなかった。ところが、小池には確固たる自信があったようだった。

 小池は、徐々に考えをまとめていった。そして、具体的に頭の中で整理がついた。

〈オフィスで働く男性をターゲットに、大キャンペーンをしかけてみよう〉

 この時、翌05年(平成17年)3月25日から9月25日まで、「愛・地球博」が開催される予定だった。環境省では、子ども向けの環境人形劇と環境コンサートを企画していた。

「小池百合子 逆境ハネ返し「突破の女王」!!(10)財界の重鎮をモデルに勧誘」のページです。デイリーニュースオンラインは、週刊アサヒ芸能 2016年 12/8号大下英治小池百合子愛・地球博クールビズ社会などの最新ニュースを毎日配信しています。
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