当時、炭鉱で働いていた炭鉱夫と炭坑馬の関係から考える命の重さや尊さ (3/6ページ)

心に残る家族葬



そのようなフレッドが描いたのが、1948年頃に描いたとされる『坑内馬の死』だ。馬は亡くなってしまっているが、死骸の冷たさや物悲しさよりも、眠っていて、ちょっと触れると目を覚まし、身震いし始めそうな、あたたかく、やわらかい雰囲気に満ちている。

フレッドが見習い鉱夫だった当時、死んだ馬がトロッコに載せられ、地上に上がって来たのを見た。馬は通常、坑道支柱を切羽(きりは。採掘現場のこと)に運ぶのに使われる。鉱夫として働く中、フレッドは、犠牲になった馬は近在のペドリントンにある廃馬解体業者に送られると知ったという。絵を描くに際してフレッドは、「描くときはいつも案がはっきりある。仕上がりはそのとおりじゃないかもしれない。こうしたらいいっていうのが、いつもあるんだ」と言っていた。そのような彼は「馬」をテーマに、他にも『坑内に連れて行かれる馬たち』(1950年頃)を描いているが、炭鉱において、馬が人間同様の働きをしていたこと、そしてフレッドに重要な存在だったことが窺い知れることだ。

■日本にも残されている炭鉱夫と炭坑馬の関係についてまとめられたある記録

馬に向けられた坑夫の愛情や愛着は、イギリス・アシントン炭鉱に限ったことではない。日本の炭鉱でも、イギリス同様、坑内の石炭を運び出すのに馬を用いていた。
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