天下の猛妻 -秘録・総理夫人伝- 福田赳夫・三枝夫人(下) (1/2ページ)

週刊実話

 政財官界を巻き込んだ贈収賄事件の「昭電疑獄」に連座した形で、収賄罪に問われた大蔵省で次官を目の前の主計局長・福田赳夫と妻の三枝は、順風満帆だった結婚生活の最初にして最大の危機に直面した(福田は高裁で無罪)。
 開けっ広げだった二人は、福田が大蔵省から休職を命じられ、無罪判決を得るまでの約10年間で性格なども一変してしまったようだった。三枝はマスコミがあらゆることを報じることで内にこもり、それまでのオープンな記者対応なども一切シャットアウトした。
 一方の福田も、あれこれしゃべる信頼すべき大蔵省の部下に失望、これは、以後、政治家となったあとも“身内偏重主義”につながっていく。福田については、のちに福田派担当記者がこう言っていたものだ。
 「福田は『戦争ベタ』と言われたが、本当に心を許せる側近議員だけを信用する“身内偏重主義”が災いした部分が大きかった。例えば、田中角栄との“角福総裁選”でも、田中派のように裏工作、根回しにたけた強者議員が、派内にほとんどいなかった。また、他の政争でも情報が集まらず、結局、後塵を拝すことが多かったということです」

 しかし、「昭電疑獄」が福田と三枝の“人生最大の危機”ではあったが、夫婦間の絆はむしろ深まっていったように見えた。これには、別の福田派担当記者の証言が残っている。
 「福田が旧群馬3区の選挙区に帰ったとき、夫人とともに次々に支援者と会っているところを目撃した。数時間、ぶっ通しでです。そのとき、福田が夫人に言った。『キミも疲れたろう。もう引き上げるか』と。まず夫人の気持ちを推しはかるという福田“敬妻”の面目躍如の場面でした。福田は選挙区にいるときも、必ず東京の自宅にいる夫人に1日1回は電話を入れていた。“ラブコール”とも言えたのです」
 福田はこうした三枝を、よく「わが輩の看護婦すなわち健康管理人」「コンピューターのような女性」という言い方をした。そのココロは、夫の気持ち、体調を飲み込んでいて、すぐ答えを出してくれるというモノだったらしかった。

 健康面でも人一倍、福田を気遣ったが、「麺類党」では“夫唱婦随”であった。長い間、福田と気脈を通じていた政治部記者が言った。
 「韓国を訪問したとき、福田は都合13食の食事のうち、なんと12食を麺類で済ませていた。

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