マンガ家デビュー作『大家さんと僕』が大ヒット! カラテカ・矢部を導いた“大恩人”って? (2/5ページ)
挨拶をしに行ったところ「矢部君はおばあちゃん孝行だね」と言われたので、「実はおばあちゃんではなく、大家さんなんです」と言ったら、すごく興味を示してくれて。
――倉科遼さんといえば『夜王』や『女帝』シリーズの原作者で、ヒットメーカーですよね。その方に興味を持ってもらえた。矢部:そうなんです。「都会の孤独な青年と孤独な老人が出会い、お茶をして、他にどんなことがあったの?」と聞かれ、旅行をしましたと言ったら、「それはロードムービーを作ろう!」ってどんどん発想が膨らんでいくんですよ(笑)。で、「矢部君、原案を出してくれ」と。
――それはかなりの展開の早さですね(笑)矢部:早いですよね。ただ、原案を出しと言われても急には難しいので、4ページくらいのマンガを描いてみたんですね。それを倉科さんに見せたら、「これはすごく良い!ロードムービーではなく、マンガで行こう!」と、さらに展開が変わりまして。20ページくらい書いたタイミングで、倉科さんがマネージャーを通して、よしもとの出版部の人にかけ合ってくれたんです。倉科さんは文化人としてよしもとに所属されているので。

矢部:まさにそうなんです。それをまず伝えたいです。僕だったら、よしもとにかけ合っても多分動いてもらうまで、時間かかっていたと思います。そこから新潮社さんと一緒にやることになったのですが、倉科さんは「どこも出してくれなかったら俺が自費出版で出すから」と言って下さっていて、ありがたかったです。
――すごい惚れ込みようですね。矢部:本当にそうですよね。「今まで稼いだお金があるから」と言われて。ただ、『小説新潮』での連載が決まってから、作品が倉科さんと離れてしまったので、申し訳ない気持ちがあります。あれだけ倉科さんが面倒みてくださったのに、僕一人の手柄のように思われているのは心苦しいです。倉科さんには本当に感謝しています。