マンガ家デビュー作『大家さんと僕』が大ヒット! カラテカ・矢部を導いた“大恩人”って? (3/5ページ)
――『小説新潮』というと、創刊70年を迎える伝統ある文芸誌ですよね。連載が始まったときの気持ちは?
矢部:笑ってしまいました。西村京太郎さん、椎名誠さん…すごいところに自分の名前が並んでいて恐れ多いですし、変な違和感がありましたね。大家さんにもお見せしたのですが、もちろん新潮社は昔から知っていて、「矢部さん、ちゃんとしたお仕事をできるようになったのね」と声をかけていただきました。
――もともとマンガは描いていたのですか?矢部:全く経験がなくて。ただ、イラストは描いていました。入江君のピンネタで使うイラストですとか、先輩の舞台のチラシとかも毎年描いています。入江君のネタのイラストは「合コンでこの女はいける」みたいなかなりのゲスさなので、絵でポップにしたいと言うことで。
――マンガ家デビュー作で18万部。これだけヒットするということは、滑り出し快調ですね。矢部:でも、これがマックスなんじゃないかという不安はあります。誰もここまで読まれるとは思っていなかったのではないかと。
――そんなことはないと思いますよ!矢部:いやいやいや、倉科さんしか「このマンガは売れる!」と思ってなかったと思います(笑)!
■「ごきげんよう」を使いこなす家系。大家さんの不思議に迫る ――今現在も大家さんの家にお住まいなんですか?矢部:はい、今も住んでいます。
――もう8年もお住まいになっているということで、長いですよね。なぜこの家に住もうと思われたのですか? 他にも物件はあったと思いますが…。矢部:実はそのとき、この家しか見ていないんですよ。ご紹介を受けて、直感的に「ここがいい」と思ったというか。前に住んでいたマンションの大家さんに「もう更新しないでね」と言われたのが、更新の一か月前だったので。
――本の中にもあった、テレビのロケでよく使われていた家ですね。矢部:そうです。「電波少年」のTプロデューサーがやっていた深夜番組で、僕もレギュラーで出させていただいていたんですが、僕の家がスタジオ化していて、突然霊媒師が来たり、家の住所を使ってワンクリック詐欺にわざと引っ掛かってみたり、部屋が部屋じゃない感じになっていたんです。