“ふつう”の日本人警察官が命を落とした。1993年、カンボジアとPKOの現実 (7/7ページ)
情報を独自のルートで仕入れて、襲撃をあらかじめ予測していたというのは驚きでしたね」(旗手氏)
総選挙が近づくにつれ、カンボジア全土で治安は悪化していき、各地で「戦闘行為」などが起きるたびに、日本政府は「停戦合意」は崩れていないと発表を繰り返す。国連要員が襲撃されても、犯行は「正体不明の武装勢力」と発表されるばかり。
そして、1993年4月8日、国連ボランティアとして現地で活動していた日本人・中田厚仁氏が殺害される。犯人はいまもなお不明のままだ。その約一か月後の5月4日、5人の日本の文民警察隊らが襲撃され、高田隊員が殺害される。その犯行もまた「正体不明の武装勢力」とされ、いまもなお政府による事件の究明・検証はなにもおこなわれていない。
23年前のカンボジアでなにがおきていたか、隊員も語らず、誰も追及、検証してこなかったのはなぜなのか。日本が初めて本格的に参加した、PKO(国連平和維持活動)の現場でいったいどんな状況だったのか――旗手氏らNHKの取材班 は、文民警察隊員たちや、当時官房長官だった河野洋平氏や外務省の柳内俊二氏ら政府要人のキーパーソンに取材を進めていく。
高田隊員はいったい誰に殺されたのか。
その真実を元ポル・ポト派で現在は政府軍の司令官となっているニック・ボン氏に直接聞くため、川野邊氏がNHK取材班とともにカンボジアに赴く。
本インタビュー後編では、旗手氏に、ひきつづきお話を伺う。