「嫁という役割を脱ごう。」 女性起業家が離婚を決意した瞬間 (2/4ページ)
――ブラウンシュガーファーストを創業して7年、今や年商7億円の事業になりましたが、もともとは青山の国連大学前の広場で開催されていたファーマーズマーケットという直売市で、オーガニックのお菓子を販売されていたんですよね。
荻野:それがスタートでした。ただ、そこから広げていくのがすごく大変で、食品業界にいたことがなかったので業界のルールも全然知らなくて。食品のサプライチェーンって参入障壁がすごく高くて、ここは苦労しましたね。
――本を読んでいると、自分のブランドのお菓子を取り扱ってもらうために、すごい行動力を発揮されていましたね。荻野:そうなんです。コンビニで売ってほしいけれど、アテもないので代表電話から電話してアポを取りました。
――その時はもう勢いだけで?荻野:そうです。「あ、コンビニだ!」ってひらめいて。でもそれも全部、このビジネスの目的がはっきりしていたから、淀みはなかったです。今の子どもたちが大きくなったときに、安心して食べられるオーガニックの食品を気軽に買える世の中をつくるというのが目的なので、シンプルに、それを達成するために一番実現に近づける選択をしたというだけですね。
――それはビジネスをするためのポジティブな「ねばならない」ですね。荻野:そうですね。業界経験がないと参入できないとか、そういうことも言われましたけど、不安要素をひとまず脇に置いて走りました。それで実際走っていると、皆さんいろんなことを教えてくれて、「区役所の何々課に聞くといいよ」とか。
今でも当時のバイヤーさんに会いに行くと、「あのときキックボードでうちに来たよね」って話しています(笑)。インパクトが強いのか記憶に残してくださっていますね。
――確かに印象に残りそうですよね。荻野:あとはベビーカーを押しながらお菓子のサンプルを配ったり。初めて取引をしてくださった代官山のヒルサイドパントリーさんには、先日お会いしたときに「娘さん、もう小学生なの!? 初めて来た頃は赤ちゃんだったのに」と言われました。
本当に見切り発車的なところがあったんですけど、失うものなかったですし、目的ははっきりしていたので、どんどん動いていきました。