【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第3話 (5/6ページ)
「今年は、水滸伝なんだね」
女が不意に、昔から知っているような口ぶりでそう言った。
「え?」
男は聞き違えたかと思った。凧を売った子どもの顔はだいたい覚えているが、この女には凧を売った覚えも言葉を交わした覚えもない。
「子どもの頃から毎年、おっ母さんに見つからないように抜け出して、物陰に隠れて見てたんだ」
「そうか、それでわっちゃア覚えてないんだな」
「あんた、実は真面目でしょう」
「え?」
「相変わらず、つまんない絵だもん」
女が微笑みながら言った言葉に、男は驚いた。
「つまんない?」
「うん」、
筆は緻密で上手いけれど、どこか生真面目さが抜けない。絵が、むっと息を詰めていて苦しそう。
「上手いんだからさ、もっと面白い絵を描いてよ」
そうしたらあんた、江戸一番の凧売りになれるよ。
女はそう言って、いたずらっぽくきひひっと笑った。
