【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第3話 (2/6ページ)
男は頬を染め、そっと微笑んで自らの手を握りこんだ。
その時だった。
「ねえ」。
突然呼ばれてはっと振り向き、男は驚いてひっくり返った。
若い女のちまっとした顔が目の前にあったからだ。
値踏みするようにまじまじとこちらを見つめる女の目は、子猫のようにつぶらかで綺麗な薄墨の色だった。江戸一番の廓の水に磨かれた玉の肌は澄んだ水面ほどに透きとおり、そこに桜の薄い花弁を浮かべたようなくちびるが可愛い。装いは、よく似合う水色の小袖の上に、千鳥を散らした濃紫の羽織を肩に掛けていた。
「昼間、あたしの妹の身体に絵を描いたのは、あんた?」
女は細い柳腰に手を当てていきなり面詰した。
どうやら先刻裏茶屋に誘ってきた十五の新造の姉女郎らしい。
江戸女らしい歯切れの良さとは裏腹に、声が少女のように澄み透って可憐である。
「ああ、そうだけど」
「そう。ならあんたのせいね。妹が泣きながら帰ってきたんだよ」
男は反駁した。
「そりゃ心外だ。あの新造が裏茶屋に誘ってきたからこっちはその気で行ってみりゃ、刺青(ほりもの)の下絵付けをしてほしいと来た。泣きてえのはこっちだぜ」
確かに男は下心満載で裏茶屋に入った。しかし女の方は違った。

