【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第11話 (5/6ページ)
画像 文・十返舎一九/絵・喜多川歌麿「青楼絵抄年中行事 良夜の図」国立国会図書館蔵
座敷の床の間の花瓶には女郎花(おみなえし)やすすきが活けられ、外から入る風もすっかり秋らしい。
どこからか聞こえる松虫の音色に、芸者衆がトッチリトンと絲竹(いとたけ)の音色を重ね合わせて、良夜の酒宴が始まった。
「佐吉はんから聞いておりんすえ。近江屋はんは面白い方と」
美のるが微笑みかけると近江屋は紫蘇(しそ)の実を摘みながらいやいやと首を振り、
「さてもまあ花魁のこの皓々たる美しさ。まさしく『月』にぴったりだなア」
「それは、今日のこの月の事?」
みつは青簾の向こうのまるい月を見上げて言った。
「それもあるがよ、もうひとつ・・・・・・」
「もうひとつ?」
近江屋の含み笑いを見て、みつは怪訝な顔をした。
「佐吉はん、あちきに何か隠しておりんしょう」
「え!?そんな、やだなあ!人聞きの悪りい」
佐吉の声は妙に上ずり、その様子は前回の夜とは別人のように嬉々としている。
みつが首をひねっていると、部屋の外の階段をタンタンと人が上がって来る音がし、
「お客様ご到着でごぜエやす」
直吉の低い声が中の様子を伺った。みつは遅れて到着した客を迎えるためにそちらに正面を向けた。
「お入りなんし」
すっと障子が開いた。
正面に立った人物の顔を確かめたみつは、思わず失神しそうになった。