【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第11話 (1/6ページ)
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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第10話 ■文政七年 夏と、秋(3)佐吉と約束の月見の日が訪れた。
画像:国芳「東都名所 新吉原」ボストン美術館蔵
鏡を覗くみつは薬指で目の端に紅をほんの置き、紅猪口を鏡台にことりと伏せた。彼女が見つめる世の中から色が消えて、すでに十年も経つ。
化粧も慣れたもので、白粉のむらもなく、額と鼻筋に濃く白粉を塗るのも目尻に紅をぼかすのも上手い。ただ、時が経つにつれ、記憶の中の色がどんどん褪せてきている。当たり前に知っていたものが薄れていく恐怖は、例えようもなかった。
紅という色がどんな色だったか、ただもう一度でいいから見てみたい。胸の底に長らく蓋をしていた思いが国芳に出会ってからというものふつふつと湧き上がってくるようになり、ふとした瞬間に心に爪を立てる。