【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第13話 (4/5ページ)
「あい、まだ画稿ですから」
国芳は早くも引き揚げる用意を済ませて立ちあがった。
「なら、わっちゃア帰りやす」
「待って」
思わずみつは手を伸ばした。
男は立ち止まり、一瞬振り返った。
この日はじめて、まともに二人の視線が絡んだ。
みつは消え入りそうにかぼそく言った。
「ずっと、ここで会いたかった」・・・・・・
言葉を受けた国芳は、驚いたようにその場に固まった。
その瞳は、漆黒の空に浮かぶ天の河のようだった。
男は、しばらくしてかすかに切なく微笑した。
「・・・・・・やっと、会えた」
震える唇でそれだけ絞り出し、国芳はくるりと背を向け部屋から去って行った。
それで、みつにもようやく分かった。
国芳も、冷静などではなかったのだと。
必死に、無我夢中で絵に没入する事で、ようやく自分を保っていたのだと。
国芳に解かれた帯を直しもせずにしばらく茫然と佇んでいたみつの元へ、酔った佐吉と近江屋が様子を窺いに入ってきた。
「そろそろ描けたかア?」
「って、兄さんが居ねえ!」
慌てる佐吉に、
「・・・・・・帰りんした」
みつが、ぽつりと答えた。
恐らく引き留められるのを恐れて二人に声を掛けずに辞去したのだろう。
「嘘だろう」
近江屋は開いた口が塞がらない様子であった。
「花魁、近江屋さん、ほんにすいやせん。兄さんは仕事は疎かにしねえ人です。それだけは本当だ。絵は必ず完成させて、後の月にゃア花魁にも見せられるよう準備して来やすから・・・・・・!」
佐吉は真っ青になって平謝りしたが、みつは微笑して頷いただけだった。
その目に浮かんだ涙とちょうど同じような綺麗な月が、窓の外の空に浮かんでいた。