【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第15話 (3/4ページ)
「へへへ、俺ア早かったろ」
振り返って破顔した佐吉は欄干から身を乗り出すようにして、何かを隅田川に向かって投げ捨てるそぶりをした。
「あ、大川に紙くず投げやがったな」
国芳は親友の行為を咎めた。
「紙くずじゃねえさ」
「じゃあ何だってんだ」
「思い、さ」
「思い?」
「そ。思い」・・・・・・
初めは、親友の恋路を助太刀するために近づいただけであった。
四月十五日、顔見知りの女郎が格子の奥から吸い付けたばこを差し出してきても脇目も振らず、見た事もない京町岡本屋の紫野花魁を揚げたのは、国芳に頼まれたからに他ならなかった。
北(よしわら)も南(しながわ)も辰巳(ふかがわ)も果ては新宿まで、一通りの女と遊び尽くした佐吉は、今更どんな女が現れても自分は驚かないと思っていた。しかし紫野と出会ってからの自分は、自分でも理解に苦しむほどに想定外の行動ばかりした。
紫野の前でひどく饒舌になった。
約束の十五日が近づくとまるで少年のように浮き足立った。
うっかり気を許して、七月の夜に誰にも言った事のない死んだ姉の事を話した。
姉の事は長い間胸の内にしまっていた事実であった。
一緒に月を見たいと言ったのも、本心だった。
しかし、月見の日に国芳を見つめる紫野の目を見た瞬間、どうしようもなく分かってしまった。
自分は、国芳には敵わないのだと。
先刻国芳の描いた絵を手渡した時ですら、柴野の目に佐吉は映っていなかった。
柴野のつぶらかなあの目は、佐吉の向こうに国芳の姿を見ていた。
