荒海こえて行ったり来たり!日本書紀に登場する北方の異民族「粛慎(みしはせ)」とは? (3/7ページ)

Japaaan

椎の実。

これは何かの異変に違いない!」と占ってもらったところ「この村の者はやがて鬼に惑わされるであろう」という結果が出て、間もなく禹武村は略奪に遭ったということです。

【原文】嶋東禹武邑人採拾椎子、爲欲熟喫。着灰裏炮。其皮甲化成二人、飛騰火上一尺餘許。經時相鬪。邑人深以爲異、取置於庭。亦如前飛相鬪不已。有人占云「是邑人必爲魃鬼所迷惑。」不久如言被其抄掠。
※『日本書紀』欽明天皇五年十二月条

この禹武村での略奪が、御名部海岸にいた粛慎による犯行なのか、その因果関係は判りません。

先ほど「春と夏は魚を獲って暮らしていた」ことが記されていましたが、秋から冬にかけて魚があまり獲れなくなり、飢えた粛慎の人々が禹武村まで遠征・略奪した可能性も、両地の位置関係次第ではありえなくもなかったでしょう。

やがて粛慎の人々は舟で瀬波河浦(せなみかわのうら)という場所に移住するのですが、恐らく村人たちが「あいつら(粛慎)の仕業に違いない!」と追い立てた結果と考えられます。

瀬波河浦は聖域だったようで、住民は神々を畏れてそれ以上追って来なかったものの、孤立した粛慎の人々は食糧や水の確保もままならず、渇きのあまり海水(浦の水)を飲んで次々と死亡。

やがて死者は半分にも達し、その骨(亡骸)は岩穴に溜まった(捨てられていった)ため、そこそ「粛慎隈(みしはせのくま)」と呼ぶようになったそうです。

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