忘れないで!実は9代目まで続いていた鎌倉幕府の将軍たちを一挙に紹介! (3/6ページ)
第6代・宗尊親王(むねたかしんのう)
【生没】仁治三1242年11月22日~文永十一1274年8月1日(享年33歳)
【在位】建長四1252年4月1日~文永三1266年7月20日(約14年3ヶ月)
後嵯峨天皇の第一皇子。幕府に皇族を送り込みたい朝廷と、九条家を幕政から排除したい執権との利害が一致、11歳で将軍として鎌倉に迎えられましたが、この頃は執権による専制政治が確立しており、結局は傀儡将軍となってしまいます。
そこで親王は和歌に打ち込むようになり、御家人から有名な歌人を多く輩出するなど、鎌倉で歌壇文化の隆盛を極めます。
しかし25歳の時に正室・近衛宰子(このえの さいし。九条道家の孫娘)が謀叛を企んでいた疑いによって引退させられました。
第7代・惟康親王(これやすしんのう)【生没】文永元1264年4月29日~嘉暦元1326年10月30日(享年63歳)
【在位】文永三1266年7月24日~正応二1289年9月14日(約23年2ヶ月)
宗尊親王の嫡男。3歳で将軍職を譲られ、7歳で臣籍降下(しんせきこうか。皇族から朝臣≒民間人に格下げ)されて「源」の姓を賜り、源惟康(みなもとの これやす)と名乗ります(後嵯峨源氏、一代のみ)。
