中森明夫と宮﨑勤の〝罪と罰〟(ロマン優光) (2/8ページ)

ブッチNEWS


 編集長・大塚英志の判断により連載打ち切りになりましたが、当たり前ですよね。美少女漫画誌で読者のメイン層にあたるそういう人をバカにして、一体何のメリットがあるのかわかりません。

 この文章が発表された時、私は……小学生だったので全然存在すら知りませんでした。小学生は『漫画ブリッコ』なんて読まないですから! 宮﨑勤事件以降の流れで、「おたく」の存在がネガティブにマスコミに取り上げられだしてから、別冊宝島『おたくの本』で初めてハッキリと存在を認識したぐらいのものなのです。いや、「初めて読んだ時、怒りで手が震えた」とか書けたらいいのですが、抜粋じゃなくて全文にあたったのは大人になってからですからね。

『「おたく」の研究』を取り上げて「最初にサブカルがオタクを差別してきたのだ!」と、サブカルvsオタクという構図の中で発言する人が最近もいます。果たして、本当にそうなのでしょうか? つまり、中森明夫という人物は、岡田斗司夫が仮想敵として想定したサブカルであったり、私の世代や少し下の世代のオタクが仮想敵としたサブカルだったのでしょうか?

 まず、中森明夫とはそもそもどういう立ち位置の人なのでしょう。サブカルチャー畑の人には違いないですけど、今でいうサブカルの人ではないような気がするのです。この人が最初にメジャーに浮上したのは『朝日ジャーナル』で連載されていた「新人類の旗手たち」というコーナーに登場した1985年のことです。新人類と言われても、今さらよくわからないんですが、新世代というか若者というか、その程度のことだと思います。『漫画ブリッコ』の連載を打ち切られていた頃からすれば、えらい出世ですよね。
 その後、『東京トンガリキッズ』という当時の若者文化や音楽文化を勘違いして取り入れた珍作を発表したり、アイドル評論家になったり、サブカルチャーの黒幕になって『SPA!』(扶桑社)誌上で「中森文化新聞」という「俺の考えたサブカルチャー前線」みたいな連載をやったり、チャイドルという言葉を作ったりという活動をしているわけです。

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