中森明夫と宮﨑勤の〝罪と罰〟(ロマン優光) (4/8ページ)
中森明夫と宮﨑勤
ファンロードを読んだり、パンクロックを聴いたり、『東京トンガリキッズ』に文句を言ったりしながら、勉強もせずに日々ボンヤリとしていた私ですが、ある重大な出来事が待っていました。宮﨑勤事件です。
当時、私が同学年の中でどういうグループに属していたかというと、アニメファン五、六人。アニメと鉄道が一人。特撮ファンのアウシタンが一人。ガロ系のマンガやフールズメイト的な音楽や映画を好む人一人。アニメ、特撮、プロレス、アイドル、SF、パンクやフールズメイト的音楽を好むローディストの自分。それに、ただの凄い変わり者で極端なものだったら何でも食いつく狂気じみた人が一人。こんな感じだったように記憶しています。
私たちの界隈はわかりやすく言うと、成績が悪かったり、スポーツができなかったり、言動がエキセントリックだったり、見た目がひどかったりする人間で構成されたマニアのグループで、スクールカーストの最底辺に属している感じです。ようするに中森明夫にバカにされるタイプの人間たちです。このグループ以外にも同学年でアニメファンとか、今で言うオタク趣味の人たちもいましたけど、その人たちは、見た目がちゃんとしていたり、成績が良かったり、スポーツが得意だったり、言動が常識的だったりするので別口扱いで、身分が低いとかはなかったですね。
現代の感覚でいえばいかにもな感じのキモオタ・グループですが、私たちは自分たちを「おたく」だなんて思っていませんでした。私たちが「おたく」という言葉をつかう場合、明らかに気持ち悪い性的なところ剥き出しの二次コン、ロリコンだったり、コミュニケーションがとれないぐらい異常な人物だったり、「マニア界隈(今でいうオタク)に生息する異常者」を指す言葉として使用していました。私たちは『「おたく」の研究』なんて記事を全然知りませんでした。マニア界隈以外の人は「おたく」なんて言葉は知らないので、バカにされてはいても、自分たちがおたく呼ばわりされることもありませんでした。
宮﨑勤事件が起こるまでは。
ある日突然、私たち(及び、別口と見なされていたヒエラルキーが高い方の人たちも)は、自分たちが忌み嫌っていた「おたく」という異常者をさす称号で呼ばれることになってしまったのです。