横浜銀蝿「中森明菜ちゃん、ピンク・レディーさん、三原じゅん子さん…」今だから話せる80年代秘話 (3/8ページ)
TAKU アイドル雑誌にも、よく出たよね。
嵐 最初は『プチセブン』が特集ページを作ってくれて、それから頻繁に出るようになった。たしか『平凡』の表紙にもなったことがあるけど、柏原芳恵ちゃんと一緒に載るっていうから、喜び勇んで撮影に行ったら、別撮りなんだよ(笑)。がっかりしたなあ。
■中森明菜ちゃんはとてもいい子だった
TAKU 中森明菜ちゃんは、曲を提供したのもあるけど、とてもいい子だった。『ベストテン』やラジオ番組でも一緒になったり。
翔 俺が覚えているのはピンク・レディーさんたち。俺らと入れ替わりに解散する時期で、『ザ・ベストテン』で一度だけ、一緒になったんですよ。大興奮したけど、銀蝿って写真を撮られるときも、ライブでも、メンバーの並びは向かって左からTAKU、嵐、翔、Johnnyって決まってるんです。だから、絶対に俺の隣には誰も来ない(笑)。ピンク・レディーさんのときもTAKUの横にケイちゃんが座って、もうニヤニヤしてましたよ。センターのつらさですよね。
Johnny でも特別、芸能人やアイドルと仲良くするなんてことはなかったね。
翔 松本伊代ちゃんとは仲良しだったけど、個人的にどこかに行くとかはまったくない。
TAKU 俺たちは本名も、どこに住んでいるのかも明かさない。サングラスで顔もよく分からない。つまり、人間じゃないわけ(笑)。誰と知り合っても、それを崩さなかったから、他の人との交流はなかった。
Johnny ただ、アイドルの人たちから曲のオファーは多かった。