横浜銀蝿「中森明菜ちゃん、ピンク・レディーさん、三原じゅん子さん…」今だから話せる80年代秘話 (4/8ページ)

日刊大衆

翔 西城秀樹さんには僕が書いた。明菜ちゃんにもTAKUと2人で、ちょっと色っぽい曲を書いたり。

TAKU 三原じゅん子さんもあった。そういえば、たしか翔くんが、じゅん子さんに教育的指導をしたの覚えてる?

翔 えっ、記憶にないよ。

TAKU じゅん子さんと何かの仕事で一緒の控室にいて、彼女がマネージャーに「コーヒー持ってきて」というから、翔くんが「自分で取りに行きなよ」って説教したんですよ。

Johnny それも、仲が良かったから言えることだよね。レコード会社も一緒、しかもデビューの年月日も一緒だったから。

翔 彼女はまだ若くて、ツッパリキャラで売ってたから、それがつい出ちゃったんだろうね。もちろん仲が良かったから俺も言えたんだし、その後も彼女とはVシネマで共演したり、今もずっと仲良くしてるから。

■今のEXILEがやっていることと一緒だね

――横浜銀蝿がブレイクした81年は、校内暴力や非行問題で、中学・高校が荒れていた時代。彼らのファン層は、そういった不良たちだったのだろうか。

TAKU  最初は暴走族みたいなのがついてきていたけど、後半は出待ちも現れて、普通の10代の男女も多かったよ。

翔  一度、ライブの最前列に白ラン(純白の学生服)を来た4人組が座って、じーっと睨んでることがあって。なんだ、こいつら、これは一戦交えなきゃならんか、と思ったけど(笑)。

嵐  集会じゃないんだから!

翔  でも、よくよく考えたら、チケットを相当早くに買わないと最前列には座れないよね。おまけに演奏中に足でリズム取ってるの。あ、こいつらファンなんだと(笑)。

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