豊臣秀頼は二人いたんです!秀吉が公認した「もう一人の豊臣秀頼」ってどんな武将だったの?【二】 (2/6ページ)

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豊臣秀頼は二人いたんです!秀吉が公認した「もう一人の豊臣秀頼」ってどんな武将だったの?【一】

桶狭間で飾った冥加の初陣

兄が尾張守護の権力に執着して権謀術数を巡らしていた一方、毛利家の跡取りとなった長秀は信長の馬廻(うままわり。騎馬親衛隊)となり、養父・十郎の教えを受けて文武の道に励みます。

桶狭間で活躍した毛利十郎と長秀(イメージ)。月岡芳年「桶狭間大合戦之図」元治元1864年

そして20歳となった永禄三1560年、桶狭間の戦い(5月19日)で父と共に初陣を飾り、勇猛果敢に武功を立てることが出来ました。

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