閻魔大王の本当の目的は全ての人々を極楽浄土を送り届けることだった (1/5ページ)

心に残る家族葬

閻魔大王の本当の目的は全ての人々を極楽浄土を送り届けることだった

今日も鬼才と称される歌川国芳(1798〜1861)の手による、「道外十二月ノ内 極月 大晦日の鬼」(1842年頃)という浮世絵がある。提灯を持ち、江戸の町人の身なりをした閻魔大王が、部下の鬼たちを従えて、町中を歩いているものだ。一体、何の情景を描いているのか?

■閻魔大王のイメージと言えば…

当時の商売は掛売りだったため、大晦日に1年分のつけを取り立てて回る商人たちの「冷酷無比」な風情を、冥界・地獄の王で、死者の生前の罪を裁く閻魔大王になぞらえたのだろう。事実、井原西鶴(1642頃〜1693)が書いた『絵入 世間胸算用 大晦日は一日千金』(1692年)に、大坂・住吉神社で、当時の人々が行っていた「年籠(としごも)り」、すなわち、大晦日の夜から社寺に参籠して、そのまま新年を迎える風習は、実は借金取りを逃れる手段としてよく利用されていたということが記されている。それは、新年の鐘が鳴ったら、借金取りはそれを潮に、引き揚げる決まりになっていたからだ。

■地獄や極楽浄土などの死後の世界について

現在我々は、自身が悲惨な状況に在る際、「生き地獄」と言ったり、地震や台風などの自然災害の苛烈さを目にした時、「地獄のような大惨事」「まるで地獄絵図だ」と言い表したりする。しかし我々は、生前、悪いことをしたら、死んだ後に堕ちるとされる「地獄」、或いは「地獄」「極楽」を含む「死後の世界」というものを、果たしてリアルに捉えることができるのだろうか。

■閻魔大王の起源

「極楽」はさておき、日本的な仏教観に彩られた「地獄」といえば、先に登場した閻魔大王だが、「閻魔」は梵語のYamaの音写で、raja(ラージャ。王)をつけて、「閻魔羅闍(えんまらじゃ)」とも、省略して「閻魔羅(えんまら)」、または「閻魔(大)王」とも呼ばれる。インドのヴェーダ期(BC1500〜BC500年)の神格だ。

初めは天上の楽土で暮らしていたが、後に下界に移り、死後の世界の支配者となった。しかし中国唐代(618〜907年)の密教における「閻魔」は護法神で「閻魔天」と称され、南方を守護する神である。更に閻魔と地蔵菩薩が同体と考えられるようになり、尊崇を集めるようになった。

「閻魔大王の本当の目的は全ての人々を極楽浄土を送り届けることだった」のページです。デイリーニュースオンラインは、社会などの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る