虚無僧ファッションが何故、江戸庶民に受け入れられたのか?鈴木春信の魅力 その5パート3 (4/6ページ)
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曽我ものが江戸時代に与えた影響
江戸時代、延宝四年正月(1676年2月)に初代市川團十郎が『寿曾我対面』を初演し、演じた“曽我五郎”が大当りした後は、毎年初春歌舞伎の正月興行には『曽我もの』は吉例として欠かせない出し物となりました。
江戸時代から100年以上延々と、毎年の正月、江戸の町では3つの歌舞伎小屋のためにあれやこれやと趣向を変えて書かれた、いくつもの新作の『曽我もの』が上演されたのです。
歌舞伎の「曽我もの」の中では以下の作品のような虚無僧が登場します。
二代目市川高麗蔵の曽我十郎と五代目市川団十郎の曽我五郎 一筆斎文調筆 出典:国立博物館所蔵品統合検索システム
上掲の浮世絵は明和8年(1771)正月中村座『堺町曽我年代記』の曽我兄弟の虚無僧姿での対面を描いたものです。