虚無僧ファッションが何故、江戸庶民に受け入れられたのか?鈴木春信の魅力 その5パート3 (1/6ページ)

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虚無僧ファッションが何故、江戸庶民に受け入れられたのか?鈴木春信の魅力 その5パート3

前回に引き続き、江戸の浮世絵師・鈴木春信の「風俗四季哥仙」から「風俗四季哥仙 卯月」をご紹介します。

これまでの記事

虚無僧がイケてる?江戸時代に実際にあったファッションとしての虚無僧スタイル!鈴木春信の魅力 その5

虚無僧が何故おしゃれ?江戸時代にあったファッションとしての虚無僧スタイル!鈴木春信の魅力 その5 パート2

「風俗四季哥仙 卯月」の虚無僧ファッションが、何故江戸庶民に受け入れられたのか、浮世絵と繋がりの深い歌舞伎からそのヒントを探します。

曽我もの

『曾我もの』とは、鎌倉時代の建久4年5月28日(1193年6月28日)、源頼朝が行った富士の巻狩りの際に、曾我祐成と曾我時致の兄弟が父親の仇である工藤祐経を討った【曾我兄弟の仇討ち事件】を描いた「曽我物語」をもとに書かれた、数々の歌舞伎の演目のことです。

“曾我兄弟の仇討ち”を基とする物語が、能、文楽、歌舞伎などで数多くの演目として作られました。それを総じて「曽我もの」と呼ばれるようになったのです。

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