虚無僧ファッションが何故、江戸庶民に受け入れられたのか?鈴木春信の魅力 その5パート3 (6/6ページ)

Japaaan

恋相撲和合曽我

左より初代岩井杜若の化粧坂の少将、八代目市川團十郎の十郎祐成、五代目市川海老蔵の五郎時宗、初代澤村訥升の工藤祐経、初代岩井紫若の大磯のとら。天保12年1月、江戸河原崎座の『恋相撲和合曽我』より(五渡亭国貞画)

上記の浮世絵(歌舞伎絵)は曽我兄弟が仇討の相手、工藤祐経と対面する場面です。左の兄・十郎の着物には“千鳥”が、右の弟・五郎には“蝶”の柄模様が描かれるようになりました。虚無僧姿の曽我兄弟も着物の模様が千鳥と蝶で描き分けられています。

次回に続く

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