犬や馬をパートナーとする「動物性愛者」。その「禁忌」の先にあるものとは? (6/8ページ)
人間にとってのセックスという行為が象徴してしまうさまざまな物事を分解して考えたかった。
――彼らはセックスがあろうがなかろうが、動物とのパートナーシップを築き上げている。
濱野:そうなんです。セックスがあろうがなかろうが、関係をつくれているんですよね。ザシャ自身はセックスもしないですし。
ちなみに、「ズー」には多岐にわたる分類があって、自身が男性でパートナーがオスの場合は「ズー・ゲイ」、自身が女性でパートナーがメスの場合は「ズー・レズビアン」と呼びます。もちろん、「ズー・バイセクシュアル」や「ズー・ヘテロ」もいます。さらに、セックスに対して受け身の場合は「パッシブ・パート」、その逆を「アクティブ・パート」と呼びます。
ミヒャエルは「ズー・ゲイ」で「パッシブ・パート」ですが、犬が求めてきたらセックスをすると言っています。つまり、ミヒャエル本人の射精欲で動いていない。元気で健康なオス犬を相手にするのに、すでに自分は年を取りすぎているとミヒャエルは感じているため、メス犬でおとなしい性格のキャシーをパートナーにしていますが、最初のパートナーのオス犬のときも「相手がしたくて僕もしたいときにする」と言っていました。
――彼らにとって、パートナーたる動物と対等であり続けることが重要なのかなと思いました。
濱野:そうですね。相手と対等であり続けるためには努力が必要で、毎日細かくお互いを見続ける、大変で緻密な作業をする必要があります。でも、これって人間同士であってもやる価値があると思うんですね。
――そうだと思います。それがパートナーシップですが、そこにセックスが必ず必要かというと、ミヒャエルやザシャは「セックスはしなくてもいい」と言っている。「動物とセックスする人たち」の研究から、動物とのパートナーシップの研究に枠が広がるような感じがします。
濱野:セックスは相手を必要とするから、どうしても他者との関係ができてしまう行為なんです。