最後の浮世絵師”血みまれ月岡芳年”は大奥と歌舞伎界の大事件「絵島生島事件」をこう斬った! (3/9ページ)

Japaaan

結果、絵島は月光院の嘆願により島流しから軽減され“高遠藩内藤清枚”の元にて監禁。生島新五郎は三宅島に島流し。絵島の異母兄の旗本白井勝昌は武士の礼に則った切腹ではなく斬首、弟の豊島常慶は全財産を没収され追放となりました。

山村座座元の山村長太夫も伊豆大島への島流しとなって、山村座は廃座してしまいました。この事件が江戸四座を三座にしてしまった原因なのです。他に絵島の取り巻きであるおよそ1,500人に処罰が及んだと言われています。

実はこの事件、征夷大将軍・徳川家宣の正室である天英院と、側室である月光院の大奥内での対立が大きく関係しているようなのです。

徳川家宣の死後、側室である月光院の子「家継」が征夷大将軍となったため、江戸幕府内では月光院側の側用人の間部詮房、顧問格だった新井白石らが家継の後見人となり、幕府を牛耳るようになりました。それを苦々しく思っていた亡き徳川家宣の正室である天英院とその側近達が、絵島を“門限破り”に陥れ、この裁きを仕組んだのではないかという説が現在では定説となりつつあります。

月岡芳年が描いた「生島新五郎之話」 新撰東錦絵_生島新五郎之話_掲載用

新選東錦絵 「生島新五郎之話」画:月岡芳年(都立中央図書館特別文庫室所蔵)

そこでこの浮世絵です。この絵を見たとき筆者はまず絵島に目がいき、なんと感情的な絵だろうと思いました。

風に吹かれる絵島は、開放感に満ち溢れた喜びの表情をしています。生島新五郎は蒸しかえすような暑さに胸をはだけて扇子をあおいでいます。

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