最後の浮世絵師”血みまれ月岡芳年”は大奥と歌舞伎界の大事件「絵島生島事件」をこう斬った! (1/9ページ)
月岡芳年という浮世絵師をご存知ですか。1839年(天保10年)から1892年(明治25年)まで江戸幕末から明治前期にかけて名を馳せた浮世絵師です。
またの名を“血まみれ芳年”とも称され「無残絵」を描いた人物としても有名です。
月岡芳年が描いた「無残絵」とはどういうものかご紹介したいのですが・・・
血とかスプラッタに弱い方には、トラウマになりそうな絵です。相当ショッキングな絵なので、筆者自身も何回も見たくはないような絵です。見たくない方はご覧にならないで下さいね。
この絵で描かれている“直助権兵衛”は町医者の中島隆碩に奉公していましたが、薬代を着服したことがばれてしまい、それを責め立てられたので中島一家を惨殺し、金品を奪って逃走したという実話です。
権兵衛は中島の顔の皮を剥いでいるのです。何もここまで描かなくてもと思いますが、これは人間の所業であり、ここまで描いたからこそ人の心を奪う何かをこの浮世絵は持つのだとも思います。