一体どういう事情?死んでから藩主になった幕末の苦労人・吉川経幹の生涯をたどる【三】 (1/6ページ)
前回のあらすじ 一体どういう事情?死んでから藩主になった幕末の苦労人・吉川経幹の生涯をたどる【一】
一体どういう事情?死んでから藩主になった幕末の苦労人・吉川経幹の生涯をたどる【二】時は幕末、欧米列強を相手に攘夷(馬関戦争)を決行したものの敗れてしまった長州藩は、高杉晋作(たかすぎ しんさく)の屁理屈とハッタリによって戦争責任=賠償金の支払いをすべて幕府に押しつけ、奪われた彦島の無償返還に成功。
しかし、賠償金を支払わされた幕府も黙ってはおらず、禁門の変(元治元1864年7月19日、政治的巻き返しを図った過激派によるクーデター未遂事件)によって「朝敵」とされていた長州藩を征伐するべく、西日本各地の雄藩を動員して着々と準備を進めます。
二度の敗戦でもうボロボロな長州藩は、何としてでも戦争を回避するべく、岩国領主の吉川経幹(きっかわ つねまさ)に交渉を命じるのでした。

