危機的なパンデミックの中で、自宅の中で生産的な活動を行っていた5人の偉人 (2/3ページ)
・2. アイザック・ニュートン

シェークスピアがひきこもり中に有名な戯曲を何作か書いた数十年後、今度はアイザック・ニュートンが、イギリスで伝染病から身を守らなくてはならなくなっていた。
1665年、ニュートンが20代前半だった頃、最後の腺ペスト大流行がイギリスを襲った。ケンブリッジ大学の講義もキャンセルされ、ニュートンは、およそ100キロ近く離れた故郷に引きこもって、そこで研究を続けた。
教授から横やりを入れられる心配もなく、この若い数学者は自由な隔離時間を有効に使って優れた研究を行った。寝室でプリズムで遊びながら、初期の微積分となる論文を書き、光学に関する自分の理論を発展させた。
このときがまさに、あの有名な万有引力論が芽生えたときだったのだ。リンゴがニュートンの頭を直撃した事実はなかったようだが、彼の部屋の窓の外に、ひらめきを刺激したかもしれないリンゴの木があったのだという。
・3. エドヴァルド・ムンク

『叫び』の作者エドヴァルド・ムンクは、スペイン風邪の大流行が自分のまわりの世界を変えてしまうのを目の当たりにしたわけではなかった。
1919年の始めごろ、ノルウェーに住んでいたムンク自身が、感染してしまったのだ。しかし、ほかの多くの患者とは違って、ムンクは生き、傑作を生み出し続けた。描くことができる体力があると感じたとたん、すぐにムンクは画材をかき集めて、自分の肉体の状態を観察し始めた。
『スペインかぜをひいた自画像』は、病床の前に座っている、髪が薄くやせ衰えたムンク本人を描いている。