モンゴルに自由と統一を!日本人と共に民族独立を目指したバボージャブ将軍の戦い【五】 (2/6ページ)
270余年ぶりに復活した「モンゴル人のモンゴル国家」に全モンゴル民族が歓喜に沸き立つ中、バボージャブも家族と兵士を集めて大冷営子(現:中国遼寧省阜新市)を出発、首都フレー(現:モンゴル国ウランバートル)を目指したのでした。
中華民国軍と戦いながら、首都フレーを目指す「いざフレー、ボグド=ハーンのお膝元へ……!」
民国元1912年8月に出発したバボージャブ一行は、大モンゴル国に参加させまいと妨害する(清国に代わってほぼ全土を掌握している)中華民国と交戦しながら、じわじわと北西を目指します。
(※一説には「夜陰に乗じた逃亡した」とも言われますが、もしも逃亡するなら数十名単位の兵士を率いては却って不利となりますから、ここでは「堂々と出発した」説を採ります)
一行はナイマン旗(現:内モンゴル自治区通遼市)、ジャロード旗(同)、アルホルチン旗(同)、東西ウジュムチン旗(同自治区シリンゴル盟)、アウガ旗(同)、ホチト旗(同)を通過。
ひとまずは安全を確保できたこと、そして戦いながらの旅程に疲れてしまった妻子をホチト旗の信用できる者に預け、更に先を急ぎました。