専門家が「桶狭間」「本能寺」を徹底解説!何度も裏切られた信長の“人物像” (3/4ページ)
秀吉の中国攻めの援軍に向かうよう命じた最も信頼していた明智光秀が、突然1万3000の兵を率いて攻めてくるなんて、想像もしていなかったと思います」
信長はここまでに何度も、部下である荒木村重や松永久秀、浅井長政らの家臣や同盟に裏切られてきているのに、なぜこうも無防備だったのか。
「信長は人を信じすぎる性格だったという説もありますが、私は『KY』だったんじゃないかと思います。空気が読めない、人の気持ちがわからない人だから、光秀の気持ちもわからなかった」(河合氏)
信長が、かつて勝利した桶狭間とは全てが真逆になってしまったのは、歴史の皮肉と言うほかない。
一方、信長を討った明智光秀も、本能寺の変のあと、「信長死す」の知らせを受けた秀吉が急遽、毛利と和睦して高速で京に引き返す(中国大返し)。光秀は山崎の戦いに敗れ、敗走の途中で殺されることになるのはあまりに有名な話だ。のちに「明智の三日天下」「裏切り者」として現代にまで語り継がれている。
れきしクンに、光秀の謀反の動機には、怨恨説、天下取りの野望説、朝廷黒幕説など諸説あるが、どの説を取るのかと聞くと、
「僕は光秀の野望説を取ります。光秀と朝廷が組んで信長暗殺を計画していたという黒幕説とかはあまり信じられない」とし、そのうえで、
「光秀は秀吉よりも先に出世しているすごい武将で、あれだけきれいなクーデターって日本史上で他にない、ここしかないというワンチャンスに賭けて挙兵しています。ただ、いろいろ準備をする前に突然チャンスが来た、という感じだったとは思います。下剋上の時代、他の武将たちも主君や上司を殺して成り上がっていくことがあるわけで、光秀も戦国武将として当然のことをしたまでかと思います」
桐畑氏は諸説フンプンの中、考え込んだ。
「うーん、どの説もそれなりに説得力があるし、最近有力な説では四国の長宗我部元親と話し会いを進めていた光秀を無視して長宗我部を攻めることになったりして、信長様が言うことを聞いてくれなかったからという説もあります。けど、今年の大河ドラマで、この戦国最大の謎をどう解釈するのか、今からワクワクしてるんです。