戦国時代、加藤清正を追い詰めた男装の女武者・お京の方の武勇伝【一】 (3/5ページ)
剛毅木訥は仁に近し……「どもり弾正」正親との幸せな新婚生活
そんなお京が正親と結婚したのは、恐らく15歳となった天正二1574年前後。正親は若い頃から武芸に秀で、父・木山弾正正友(まさとも)の頼もしい後継者として将来を嘱望されていましたが、一つコンプレックスがありました。
その立派な風貌や朗々たる声に似合わぬ吃音症(どもり)で、人と話をするのが苦手だったため、人は正親を「どもり弾正」などと囃したてることもあったそうですが、お京は「剛毅木訥は仁に近し」とばかり気にしません。
「言葉の巧みさなどよりも、あなた様が喜ばせて下さろうと、一生懸命にお話し下さる心の優しさが、私は何より嬉しいのです」
「それに古来『巧言令色鮮し仁』と申すではありませぬか。あなた様は口先だけでうわべを飾るより、懸命に汗を流して奉公なさるお姿こそお似合いなのです」
誰が何と笑おうと、あなた様は私にとってただ一人の大切な伴侶。そう言われて、やる気にならない男はいないでしょう。正親はより一層奉公に励み、夫婦仲も睦まじく長男・傳九郎(でんくろう)、そして後に横手五郎(よこての ごろう)と称する次男を授かります。