人づくりこそ、国づくり…台湾の教育改革に命を奉げた六氏先生のエピソード (1/7ページ)
2020年7月30日、台湾国で「民主化の父」として偉大な功績を遺した李登輝(り とうき)元総統が97歳の天寿を全うされ、日本でも多くの方に惜しまれています。
若き日の李登輝氏。日本名は岩里政男。Wikipediaより。
日本の統治時代に生まれ、「私は22歳(日本が敗戦、台湾を放棄した1945年)まで日本人だった」と公言するほどの親日家でもある李登輝氏は、日本が台湾に遺した功績の一つとして、教育施策を挙げていました。
かつて、日本人は台湾でどのような教育を行っていたのか調べたところ、そこには先人たちのただならぬ苦労があったようです。
そこで今回は、台湾の地で文字通り身体を張って教育事業に情熱を注いだ「六氏先生(ろくしせんせい)」のエピソードを紹介したいと思います。
人づくりこそ、国づくり…台湾の教育改革に燃える8名時は明治二十八1895年、日清戦争に勝利した日本は、清(しん)国より割譲された台湾の統治を開始します。