源頼朝の遺志を受け継ぎ武士の世を実現「鎌倉殿の13人」北条義時の生涯を追う【八】 (6/7ページ)

Japaaan

「困ったのぅ……このままでは大義名分のない私闘となってしまう……」

朝廷の許可がないまま義経を討つべきか否か……喧々囂々(けんけんごうごう)と議論が紛糾する中、大庭平太郎景義(おおば へいたろうかげよし)が口を開きました。

「……『六韜(りくとう。古代中国の兵法書)』には『軍中の事は君命を聞かず、皆将より出づ(軍中之事、不聞君命、皆由将出:立将第二十一)』と申します。御殿は天下を平らげるべく鎌倉に陣を布いている総大将なれば、戦場(いくさば)の判断については、必ずしも朝廷の命を待つ必要はございませぬ」

おぉ……流石はインテリ、頼朝の願望に上手く根拠づけして、「朝廷のお墨付きなしで義経を討つ」という心理的ハードルをグッと下げてくれました。

「ナイスだ平太郎……その手で行こう!いざ出陣じゃ!」

後から朝廷に抗議を受けた時の言い訳が出来たので、頼朝たちは意気揚々と奥州征伐の兵を興し、義経はもちろん、義経を匿った奥州藤原氏(秀衡は病死、その嫡男・藤原泰衡ら)も討ち滅ぼします。

※余談ながら、実は義経が生きていたという説もあるようです。

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