百姓から一国の大名に!民衆や神様に愛された戦国武将・田中吉政の立身出世を追う【下】 (2/9ページ)
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久兵衛は近江八幡(現:滋賀県近江八幡市)に赴任してからというもの、旧主・織田信長(おだ のぶなが)がその栄華を誇った安土城(あづちじょう)を八幡山に移築。後に八幡山城(はちまんやまじょう)と呼ばれました。
その城下町の整備にもセンスを発揮して、人々が暮らしやすく、商工業も発展できる街づくりを行いました。後に江戸時代中期まで「久兵衛町」と呼ばれたことからも、その功績と人望が偲ばれます。
若い頃より信心してきた近江八幡(現:日牟禮八幡宮)のご加護もあってか、まさに水を得た魚のように活き活きと奉公した久兵衛ですが……。

