百姓から一国の大名に!民衆や神様に愛された戦国武将・田中吉政の立身出世を追う【下】 (3/9ページ)
「……何でもない」
面白くないのは、主君の秀次。何でもかんでも久兵衛がこなしてしまうので自分の存在感は薄れるばかり。
もちろん、謙虚な久兵衛ですから驕り高ぶることなく、何よりも自分を第一に立ててくれるし、秀吉の覚えめでたくなるよう万事整えてくれるのですが、それすらも久兵衛の評判を高めるばかりでした。
まだ18歳と若いから仕方ないことではありますが、一日も早く実力を示したくて、焦ってしまうのもまた若さゆえ。
「それがしが18歳の頃など7石2人扶持で、その日の飯にも一苦労する有様にござった……片や御屋形様は、18歳のお若さで43万石の大大名。それがしなど及びもつかぬ御身分にございますれば、今に関白(秀吉)様の右腕として天下を動かす大仕事をなされましょう……」
「……そうか……」
久兵衛に励まされた秀次でしたが、天正十二1584年の小牧・長久手の合戦では老獪な徳川家康(とくがわ いえやす)の術中にハマって大失態を演じてしまい、秀吉や周囲の期待に応えられなかった過去があったのです。