百姓から一国の大名に!民衆や神様に愛された戦国武将・田中吉政の立身出世を追う【下】 (7/9ページ)
「治部が逃げたぞ!追え……っ!」
果たして合戦は東軍が勝利を収めたものの、戦場を脱出した三成が山中に隠れたため、その行方を見失ってしまいます。
「おのれ治部め……」
「……内府(家康)殿。ここはそれがしにお任せを」
三成が逃げる先は、間違いなく近江国の本拠地・佐和山城(現:滋賀県彦根市)。近江国一帯は土地勘がある久兵衛は宮部長房(みやべ ながふさ。義父・宮部継潤の嫡男で、久兵衛の義兄弟)と共に三成の追捕を拝命。
既に三成は佐和山城へ逃げ込んでいましたが、久兵衛と長房は搦手より突入してこれを攻略。みごとに三成を捕らえたのでした。
一説には、陥落した佐和山城から脱出する三成に「内府殿に助命をとりなしてあげるから、しばらく隠れていなさい」と安心させて武具や兵糧の隠し場所を聞き出し、その上で身柄を拘束、再起の芽を摘み取ったとも言われています。
しかしこれは「旧主・秀次を裏切った久兵衛のことだから、きっとかつて(秀次を追い落とすため)の盟友?である三成も裏切ったに違いない」という先入観によるものかも知れず、確証はありません。
ともあれ久兵衛は関ヶ原の戦功によって柳川城(現:福岡県柳川市)と筑後一国32万石を与えられ、ついに一国一城の主となったのでした。
エピローグ百姓の倅から一国一城の主に成り上がった久兵衛は、堂々のお国入りに際して懐かしい顔を見つけます。
「おぉ、覚えておるか!わしじゃ、久兵衛じゃ!」
「……えぇ、覚えておりますとも。あの若者が立派になられましたなぁ……」
それは久兵衛がまだ7石2人扶持の駆け出しだったころ、茶屋の店先で桝(ます)を枕に寝ているところを諭した盲人(※完全に見えない訳ではない)でした。