百姓から一国の大名に!民衆や神様に愛された戦国武将・田中吉政の立身出世を追う【下】 (9/9ページ)

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「それもまた人生……いついかなる時も、またいかなる務めにも誠実に向き合い続けたお姿……この眼には、確(しか)と見え申す」

「そなたにそう言うて貰えるなら……すべて報われる」

かくして慶長十四1609年、久兵衛は62歳の生涯に幕を下ろしたのでした。その嫡男・田中忠政(ただまさ)は跡継ぎがいないまま亡くなったため改易(領地を没収)となってしまいましたが、その兄弟たちは久兵衛の血脈を受け継いでいきました。

また、かつて久兵衛が統治した近江八幡や三河岡崎、そして柳川の地には、現代も久兵衛の整備した町並みがその俤(おもかげ)を現代に伝えています。

【完】

※参考文献:
市立長浜城歴史博物館ら『秀吉を支えた武将 田中吉政―近畿・東海と九州をつなぐ戦国史』市立長浜城歴史博物館、2005年10月
宇野秀史ら『田中吉政 天下人を支えた田中一族』梓書院、2018年1月

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

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