2022年 大河ドラマ「鎌倉殿の13人」北条義時以外の構成メンバーは?その顔ぶれを紹介! (5/8ページ)

Japaaan

中原親能(康治二1143年~承元二1209年)

頼朝公の挙兵直後から仕え、弟の大江広元と共に外交分野で活躍。京都と鎌倉のパイプ役として奔走し、あまりに顔が広かったせいか、ウソかマコトか「親能が鎌倉の総大将である」と勘違いされたという話もあるそうです。

一方で軍略にも才能を発揮し、頼朝公の異母弟・源範頼(のりより)の参謀として各地を転戦し、平家討伐に戦果を上げています。

その能力や功績については申し分ない御家人の一人ですが、キャラクターに癖が少ない分、今一つ印象が薄いイメージです。

二階堂行政(生没年不詳)

母方(頼朝公と縁の深い熱田神宮の宮司を務めた家系)のコネで頼朝公に仕え、大江広元らと共に政治の実務を担った「縁の下の力持ち」的存在。

素行に関する記述などがほとんどなく、ひたすら黙々と幕府の運営に力を尽くしたことから篤い信頼を得ていたことが「鎌倉殿の13人」に選ばれた理由と思われますが、キャラクターとしては面白みに欠ける印象です。

彼をどういう性格に描き、どう立ち居振る舞わせるか、脚本家の手腕が問われる人物と言えるでしょう。

八田知家(康治元1142年~建保六1218年)

八田知家。Wikipediaより。

初陣は保元の乱(保元元1156年)と見られ、頼朝公の父・源義朝の代から仕えた最古参の一人。頼朝公の挙兵には逸早く従い、平家討伐に武功を立てました。

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